「非常線の女」「浮草」

非常線の女」(1933)の原作は小津(ゼームス槇名義)だが、内容は平凡、感傷的すぎる。誰もが指摘することだが、田中絹代に「あたいみたいなズベ公は」云々という台詞はまったくもって似合わない。
「浮草」(1961)断片は見た記憶があるが、これほどの傑作だったとは。いや、小津映画である以前に、スクリーンを通して伝わってくる先代の鴈治郎杉村春子の圧倒的な存在感にただ魅了される。何でもない二人の会話の場面、激しい台詞のやりとりをしているわけでもないのに、凄まじい気としか言いようのないものが二人の身体から発散されているのがわかる。長い間離れていても愛情の通い合った男女という役柄をきめ細やかな感情のやりとりで見せながら、いずれも天下に名だたる名優、内心燃やしていた敵愾心が伝わってくるかのように、相手に対して一歩も引かないで演じきる。
すごいものを見てしまった。これだけのものを見せられると、しばらくは芝居など見なくていいような気になる。