マース・カニングハム

昼少し前、元ユリイカ編集部の前田さんがやってくる。グランマニエをもらう。私のコンピュータで前田さんは自分のところのメールチェック。そのあとお世話になったお礼にご飯をごちそうしたいというので外に行く。浜垣姉から教えてもらったHudson Hotelはたしかにおしゃれだが高そうなので断念。前田さんがいかにもアメリカン・ダイナーというところで食べたいというので近くのダイナーにいってハンバーグを注文。ここのダイナーは肉の焼き方もきかない観光客向けのところだった。前田さんは土産話にといってバッファローバーガー(じっさいにはバイソンの肉)を注文。一口食べさせてもらったがまずい。コレステロールや油が牛肉や豚肉より少ないといっても、こんなに悪い油で揚げたら同じだろうが。
あとでHooter'sに連れて行けばよかったと思いつく。といってももう場所を覚えていない。ところがCitiBankに寄ったらHooter'sの看板発見。前田さんを誘って外から眺める。相変わらずTシャツ、ホットパンツ姿の巨乳の姉ちゃんたちがウェイトレスをやっている。まさに「脂肪の塊」です。
二時から「東京物語」。見たのが何度目か忘れたが、見るたびに今までとは違うところに感動する。傑作のゆえんか。最近杉村春子がマイブームなので、今回は東山千栄子が死ぬとわかって杉村春子がいきなり泣き出すところに感動。いや、ここはたしかに昔も感動した覚えがあるのだが、今度は杉村春子の確かな技術に感動したのだ。この人は台詞術だけの女優ではない。全身が表現するのだ。しかも台詞を言うよりコンマ何秒か早く身体が反応して動く。身体が動いてから台詞が出る。ただものではない。
ジャパンソサエティに行くという前田さんと別れ、四時半から「早春」。これはそんなに大したことがない。当時の風俗とか人々の関心を敏感に写し取った作品だけに、古びてしまっている。とはいえ、さまざまなエピソードが最後になって一つになる物語の作りかたは見事。東大アメリカ科助手時代の学生で、コロンビア大学修士を卒業して今はこちらの小学校のTAをやっている川守さんと会う。アメリカ科学生時代の後輩で、NYUの映画学科のPh.Dをとり、今はコロンビア大学ポスドクをやっている宮尾くんもいた。二人を引き合わせて、私はあわててBAMに向かう。終ったのが7時過ぎで、BAMの公演は7:30だから絶対間に合わないのだが。
66TH ST.で今週号のTimeOutを買い、会場を確かめる。ところがあわてていったマース・カニングハムの50周年公演はひどかった。遅れて入ったFluid Canvasはとくにひどい。なんですかこの音楽は。60年代のミュージック・コンクレートからちっとも進歩していないノイズ。振付もよくいえば素朴だが悪くいえばかっこわるすぎ。しかもダンサーたちの身体は統御されてない。平気でぐらつく。休憩をはさんでSplit Sidesはチャンス・オペレーションの作品で、二組の振付、音楽、背景の組み合わせが日ごとに違うように組み合わされる。この後半はまだよかったな。でもウィリアム・フォーサイスの振付とダンサーたちの強靱な身体を見てしまうと、モダンダンスは児戯のように見えてしまうことも確か。しかし一昨日のボブラウシェンバーグアメリカといい、その前のベケット/オールビーといい、つまらない芝居が続くと精神的につらい。歩いて15分のところで小津映画の傑作が見られるのに、なぜ地下鉄で1時間かけてつまらん芝居を見なくちゃいけないのだと考え、演劇好きである自分というアイデンティティがどんどん崩壊していく。ブロードウェイでやっている焼けたトタン屋根の上の猫も、ジプシーも、リトル・ショップ・オブ・ホラーズも見に行かなくちゃいけないんだけど、どうせつまらないだろうという思いが勝ってしまって足が重い。「行ってよかった」と思える芝居が早くこないかなあ。